フォントを変えるだけで4億ドルも節約できるのか?
2014年03月30日
一昨日あたり、「Times New RomanからGaramondに書体を変えるだけで、米国政府は年間4億円ものインクコストを削減できると中学生が発見した」というニュースが世間を賑わしていました(少年はCNNにも採り上げられたり)(日本語記事)。当然これに対するタイポグラファの反応は冷ややかなもので、自分も全く納得できません。最近は核融合路を作る中学生がいたり、なにかと若い学生の革新的なアイデアが取りざたされることが多いようですが、残念ながらこの件に関してはそこまで説得力はありません。これに対して書かれたブログ記事を読んで多いに納得したので、許可を得て翻訳しました。元記事の筆者であるTom Phinneyは元Adobeで、現在はSuitCaseというフォント管理ソフトで知られるExtensisでシニアプロダクトマネージャーを勤めており、ATypIの委員でもあります。
元記事:Tom Phinney, Saving $400M printing cost from font change? Not exactly…
(Thanks Tom!)
いまインターネット上では「米国政府はフォントを変えることで年間4億円も費用削減できる」というアイデアが大盛り上がりですが、これはいささか的外れで、私はとても困惑してます。Garamondに変更するのがトナー節約に繋がっているのではありません。単純に選んだ書体が他より小さいからというだけです。そうは言うものの、やはり中学生がクリエイティブな解決法を思い付き、科学的な見識を付加させてること自体は素晴らしいと思いますよ!
べつに皮肉で言ってるのではありません。根本の問題点が明確じゃないせいでアイデアがズレてしまうのは、発案者のせいではありません(このブログの熱心な読者なら、フォントサイズと外見上のサイズはあまり関連がないという話を覚えているでしょう)。Garamondの小文字は同サイズのTimesの小文字と比較して14%も背が低いです(かたや大文字はせいぜい4%)。それゆえ同じポイントサイズでインク量が少なくなるのは当然でしょう。Century Schoolbookも研究の中で比較対象として使われていたようです(フォント名の明記なし)。これはTimesやGaramondよりも更に背が高くなっており、当然横にも広いです。またそれゆえに小サイズでも判別性は高いでしょう。
だからこそ、ほとんどの書体の比較研究ではまず小文字の高さが揃うように各フォントのサイズを調整するのです(専門家の間では小文字の高さをxハイトと呼びます)。件のリサーチではこれを欠いています。そのため、最終的に他の研究と真逆の結果を出してしまっています。Century Gothicはとてもxハイトが大きく、同じフォントサイズで比較した場合はより多くインクを消費しますが、xハイトを揃えて比較した場合、インク量はより少なくなります。
小文字が14%低いGaramondを使わずとも、どんな書体でもフォントサイズを14%小さくすれば印刷面積は26%小さくなります。偶然にも、件の研究がCentury SchoolbookやTimes New Romanなどのフォント比較により導きだした結果なるものの正体はこれなのです。
そろそろお分かりでしょう。同じフォントでも使用サイズを落とせば簡単にインク量は削減できるんです。しかしフォントとサイズのどちらを変更するにしても、得られるテキストは少し視認性が落ちています。全てを小さく印刷するのも同じぐらい悪いアイデアです。なぜなら視力の落ちたベビーブーム世代(さらにはその子供の世代、自分も含む)がアメリカの人口の多くを占めているからです。(訳者注:アメリカのベビーブーム世代は第二次大戦集結直後から60年代前半までの生まれで、日本の団塊世代と被るが15年ほど若い年代まで含む)
それはさて置いても、トナーやインクの使用量削減はおそらく発表で触れられてるほどの費用削減には遠く及ばないでしょう。削減額はどうも一般のレーザープリンターの所有者がトナーに費やす金額から試算されているようです。ここから計算してインク(またはトナー)の節約がお金の節約にもなるという結論には、残念ながら2つの大きな勘違いが含まれています。
まず最初に、大きなオフィスで使われているプリンタやコピー機はトナー代も含めたメンテナンス契約を業者とも済んでいます。支払いはページ単位であり、実際に使われるトナーの量は一般的には無視されます。このような場合、フォント変更により削減されるのは紙でありトナーではありません。
二つ目に、この発表には興味深い脚注が書かれています:「この研究ではインクとトナーは同一のものとして扱っている。プリンタ用のインクは伝統的にトナーより高額なものの、削減されるパーセンテージにのみ注目すれば、二つのコスト差を考慮する必要はなくなる。」えっと…どうやってパーセントだけに注目できるの?彼等はインクとトナーによる印刷コストは比例関係にあるという前提で話を進めています。これは単純に、そして明らかに間違いです。
政府の印刷費用の多くを占める印刷はオフセットです。オフセット印刷では、印刷コストにおけるインクの割合はレーザーやインクジェット印刷に比べれば微々たるものです。しかしパーセンテージは固定ではなく、他の部分に割かれる金額に大きく左右されるからです。少ない印刷枚数ではインク代は高くなり、大量に印刷すると低くなります。
さらに印刷機はたいへん高額なため、オフセット印刷のほとんどが外注されます。インハウスでの印刷量は発表が謳っている26%よりも遥かに低い数字です。外部の印刷所はインクの使用量を基準に見積もりを変えたりはしません。テキストのみか、グラフィックがあるか等のほうがよほど重要なチェック項目になります。どちらにせよ、それほど削減はされません。
小さいフォントサイズにより確実にお金を節約する方法は、あるにはあります。単純にページ数の多い書類のフォントサイズを落として、枚数を減らせばいいだけです!これでバッチリ問題解決でしょう。もちろん文字の視認性がどうでもいいと思う場合だけですが。
またGaramondには固有の問題があります。Windowsに搭載されているGaramondはMonotypeから提供されているものですが、これにはボールドイタリックがありません。もし政府内でボールドイタリックを重点的に使いたい人にとっては大きな難点でしょう(もちろんWordなどで強制的にボールドイタリックを発動させることはできます。しかしそれはイタリックに無理矢理太い輪郭をつけただけか、ボールドに機械的斜体処理をかけただけで、醜く判別性の低いものです)。
本当に投げかけられるべき疑問とは以下の通りでしょう:どのフォントとサイズの組み合わせだったらテキストの判別性を落とさず(または向上させ)、同時に紙、インク、またはトナーを削減して印刷代を節約につながるだろうか?それらを全て満たすシステムフォント、アプリケーションのバンドルフォント、またはフリーフォントはどれか?
しかしこれはとても難解な質問で、一般大衆はおそらく興味を持たず、「4億円を削減しろ!」という安直なメッセージに落ち着くのでしょう。
私は費用節約につながる革新的なアイデアは大好きです。本当です。しかしマスメディアや一般大衆がこのアイデアで大騒ぎする前に、だれか専門家に相談できなかったのかと残念に思います。なぜならこれは筋が通っていませんし、視認性を犠牲にしなければお金の節約にはならないからです。
翻訳以上
いかがだったでしょうか。タイポグラフィの改善で確かに印刷コストは削減できますが、その大部分は紙の節約によるものです。またフォントの変更で節約できているものの正体はつまり小文字の大きさでもあります。それ以上でもそれ以下でもありません。この研究では「タイポグラフィの品質を落とさずにコストを節約」という視点が完全に抜け落ちていると思います。タイポグラフィを犠牲にしていいんだったら3ポイントぐらいで印刷すればいいじゃないですか。Metro Novaも極細の書体がありますしコンデンスもあるので、普段の書類に使えばインクと紙が節約できます。いやいや、なんだったらAdobe Blank(全グリフが空っぽの特殊用途向けフォント)を使えばインク代はゼロですよ。
さて、私だったら実際はどうするでしょうか。私は書体デザイナーなのでフォントサイズなど現場の変更ではなく、やはり書体による解決策を考えたくなります。もし書体デザイナーを目指している方がいれば、以下の条件を満たす新書体を考えてみてはいかがでしょうか?
- 現状、想定環境内ではTimes New Romanの12ポイントが最も使われているとする。
- Times New Romanと同等のxハイトでの比較時にテキスト量が短い(同じxハイトである必要はなく、例えば10ポイントでもTimesと同じxハイトになるのであればよし。サイズを下げると縦方向のスペースを節約できる)。
- Times New Romanより全体的に組版濃度が明るい(インク量を減らすため)
- Times New Romanと同等またはより高い視認性。
- Regular、Italic、Bold、Bold Italicが揃っている(それ以外は不要)。